カテゴリ:シンクロニシティ・ストーリーズ( 4 )

スタンドバイミーの男#4 名前のない馬

 
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驚くべきことに太っちょハンセンは「フェンスの向こう側のアメリカ通り」の歩道をヤマハのタウンメイト90を押して戻ってきた。滝のような汗。泣きっ面。鼻水も垂らしている。顔は真っ赤だ。まるで消防車のホースで水をかけられてアドリア海の自由と放埒の海に真っ逆さまに墜落した直後の紅の豚みたいだった。困憊の太っちょハンセンのことなどおかまいなしにITは言った。

「おれの名はインディアン・ビリー。こいつがキャプテン・アメリカだ」
「か、か、か、カッコイイね・・・。で、 ぼくは?」
「おまえはフトハン、太っちょハンセンだ」
「ぼくだけ情けないじゃないかよう」
「よく耳の穴をかっぽじいて聴くんだ、太っちょハンセン。おまえは”名前負け”という言葉を知っているか?」
「名前負け? なんとなく」
「いまのおまえに太っちょハンセン以外の名前をつけても名前に負けちまうんだ。わかるな?」
「わかったよ。いつかカッコイイ名前をつけておくれよ」
「承知した」
「きっとだよ」
「きっとだ」
「ほんとのほんとにきっとだよ!」
「ほんとのほんとにきっとだとも! いずれおまえが一人前のイージー・ライダーズになった暁にはふさわしい名前を考えてやる。いいな? わかったな?」

フトハンは渋々うなずいた。

「いい子だ。それとな、おれの馬の名はゴドルフィン・ネロ。キャプテン・アメリカの馬はダーレー・アメリカン」
「馬なんかどこにもいないじゃないか」
「おまえの目ん玉は穴なし50円玉か? それともたまご屋のビー玉か?」
「視力は2.0だよ!左右ともだよ!」
「心を落ち着けてよく聴くんだ。寝ていても水を飲んでも空気を吸っても太る男よ。視力が左右とも2.0だろうと、おまえにはものごとの表面、上っ面しかみえていないんだ。心の目でみてみろ。本質を見極めるんだ。表面、上っ面に惑わされるんじゃない。さすれば、われわれの馬たちが嘶き、後ろ足で立ち上がり、トランシング・ホースとなって宇宙の果てまで駆け出そうとしているのがみえるはずだ」
「ぼくには新聞屋のおんぼろカブが2台とヤンキー・ナンバーのDAXしかみえないよ」
「黙れ! 愚か者!」
太っちょハンセンはいまにも泣き出しそうだった。
「わかったよ。で、ぼくの馬の名前は?」
「ない」
「え?」
「おまえの馬に名前はない」
「えええええ! どうしてぼくの馬だけ名無しなのさ!」
「名無し? 名前がない? 名前はいま決まったぞ! 太っちょハンセン! おまえの馬の名は”名前のない馬”、A Horse With No Name だ!」

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太っちょハンセンは轟音とともにその場に崩れ落ちた。その振動の影響で山下公園のほうからマリンタワーがすっ倒れ、氷川丸が沈没する音がはっきり聴こえた。チャーミング・セール中の元町には災害時緊急コード発令を報せるサイレンが鳴り響き、中華街と横浜文化体育館と馬車道と伊勢佐木町は四つ巴の乱闘を始める始末だった。

横浜駅東口のスカイビルは回転部分に大きな亀裂が入り、以後、二度と回転しなくなってしまった。私は太っちょハンセンはイージー・ライダーズの強力な秘密兵器になることを確信して満足だった。夏の空に入道雲からちぎれたひとかたまりのうす桃色の雲が浮かんでいた。ITはその雲を指差し、山村暮鳥の『雲』を大声でうたいはじめた。

おうい雲よ
ゆうゆうと
馬鹿にのんきそうじゃないか
どこまでゆくんだ
ずっと磐城平の方までゆくんか


かくして、太っちょハンセンのヤマハ・タウンメイト90の名は「名前のない馬」に決まった。ムーン・ライダーズとの「小港橋の決闘」がすぐそこに迫っていた。



AMERICA - A Horse With No Name

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名前のない馬/A Horse With No Name
Written by Dewey Bunnell, 1971


On the first part of the journey
I was looking at all the life
There were plants and birds and rocks and things
There was sand and hills and rings
The first thing I met was a fly with a buzz
And the sky with no clouds
The heat was hot and the ground was dry
But the air was full of sound

旅のはじめに僕は人生のすべてを見渡そうとした。
草花と鳥たちと石ころと宇宙のすべてと砂丘と馬をつなぐ場所があった。
最初に出合ったのはうっとうしい蠅だ。
空には雲ひとつなかった。
熱風が吹きつけ、大地は乾ききっていた。
しかし、僕のまわりには音が満ち満ちていた。

I've been through the desert on a horse with no name
It felt good to be out of the rain
In the desert you can remember your name
'Cause there ain't no one for to give you no pain
La, la ...

僕は名前のない馬に乗って砂漠を渡っていった。
雨に降られずにすむのはごきげんだった。
砂漠では君は自分の名前も思い出せない。
誰もが君を傷つけるからだ。
ラーラーラーララララララララーラ
ラーラーラーララララララララーラ

After two days in the desert sun
My skin began to turn red
After three days in the desert fun
I was looking at a river bed
And the story it told of a river that flowed
Made me sad to think it was dead

2日目、砂漠には太陽が照りつけていた。
僕の肌は赤く焼けはじめていた。
3日目、「砂漠の楽しみ」がみつかった。
僕は川底を見ていた。
「川の物語」を聴くと、死のようで悲しくなった。

You see I've been through the desert on a horse with no name
It felt good to be out of the rain
In the desert you can remember your name
'Cause there ain't no one for to give you no pain
La, la ...

君は名前のない馬に乗って砂漠を渡っていく僕を見る。
雨に降られずにすむのはごきげんだった。
砂漠では君は自分の名前すら思い出せない。
誰もが君を傷つけるからだ。
ラーラーラーララララララララーラ
ラーラーラーララララララララーラ

After nine days I let the horse run free
'Cause the desert had turned to sea
There were plants and birds and rocks and things
there was sand and hills and rings
The ocean is a desert with it's life underground
And a perfect disguise above
Under the cities lies a heart made of ground
But the humans will give no love

9日後、僕は馬を放してやった。
砂漠から海へと抜けたからだ。
そこには植物が生い茂り、鳥が歌い囀り、石ころと宇宙のすべてと砂丘と馬をつなぐ場所があった。
砂漠の海は人生を地底世界に完璧に覆い隠している。
うそとまやかしだらけの都会の地べたの上で「約束の地」を思い描くけれど、誰も愛を与えてくれはしない。

You see I've been through the desert on a horse with no name
It felt good to be out of the rain
In the desert you can remember your name
'Cause there ain't no one for to give you no pain
La, la ...

君は名前のない馬に乗って砂漠を渡っていく僕を見る。
雨に降られずにすむのはごきげんだった。
砂漠では君は自分の名前すら思い出せない。
誰もが君を傷つけるからだ。
ラーラーラーララララララララーラ
ラーラーラーララララララララーラ


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by enzo_morinari | 2013-02-28 09:22 | シンクロニシティ・ストーリーズ | Trackback

スタンドバイミーの男#3 最後のセブンナップ

 
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ハンセンは本牧のPXの前でみつかった。ハンセンはちょうど映画館から出てきたところだった。ポップコーンおばさん特製の溶かしバターがたっぷりかかったペンティ・サイズのポップコーンを貪り食いながら。ハンセンはかなりの肥満児だった。太っちょハンセン。フトハン。それがイージー・ライダーズにおけるハンセンの正式の呼び名となるのは2時間後だ。

「ハンセン! ちょっとこい!」

ハンセンはきょとんとした顔でITを見る。当然だ。見ず知らずの人間に自分の名前とはちがう名前で呼ばれたんだから。

「はやくしろ!このうすのろデブ! 日が暮れちまうじゃねえか!」

ITが怒鳴るとハンセンはポップコーンを撒き散らしながら猛ダッシュでわれわれのところにやってきた。

「あのう、ぼく、ハンセンじゃないよ。人ちがいじゃない?」

ハンセンは息を切らしながら言った。そして、両手を膝につき、頭を低くうなだれる。

「いいや。おまえはきょうからイージー・ライダーズのハンセンだ」
「わけがわからないよ」
「わからなくていい。重要なのは感じる心だ。わかるな?」
「うん。よくわからないけど、とにかく感じる心なんだね、重要なのは。いま見終わった『明日に向かって撃て』の中でもサンダンス・キッドがおなじようなことを言ってたよ」
「そうだろう。おれがサンダンス・キッドの坊やに教えてやったんだからな」
「え!? それ、ほんと?」
「おれはうそとおまわりと算数とリトマス試験紙と先公が大きらいさ」
「でもさ、ぼくはハンセンじゃないんだよ、ほんとに」
「物わかりのわるいやつだな、おまえは。いいか? おまえはいまのいままではハンセンじゃなかった。それはおれも認めよう。しかし、おれに出合った瞬間におまえはハンセンになったんだ。わかるな? そして、これからの人生はイージー・ライダーズのハンセンとして生きていくんだ。自由にワイルドにクールに」
「やっぱりよくわからないけど、なんだかカッコイイな。自由でワイルドでクールなんて」
「だろう? それじゃ、イージー・ライダーズのメンバーになった手始めにバイクを1台かっぱらってきてもらおうかな」
ITが言うとハンセンは飛び上がって驚いた。
「盗むの? 警察につかまっちゃうよ。ブタ箱に入れられるのはいやだよ」
「情けないやつだ。ブタ箱ごときでブルかみやがって」
「そう言われてもいやなものはいやだ」
「自由にワイルドにクールに生きるチャンスを逃すのか? おまえはそれでいいのか? フトハン」
「なに? フトハン?」
「太っちょハンセンだからフトハンだ」
「ひどいなあ。それよりさ、盗まなくたってバイクならうちに何台もあるよ」
「なに!?」
「ぼくんち、新聞屋なんだ。あれ? きみのそのスーパーカブ、朝日新聞のじゃないか」
「そうだ。おれんちも新聞屋だ」
「ぼくんちは毎日新聞だよ!オーケイ。わかった。ちょっと待ってて。すぐに1台持ってくるから」

太っちょハンセンはそう言い残して駆け出した。私とITは太っちょハンセンの丸い背中を見送りながら大笑いした。太っちょハンセンは何度も転びそうになりながら懸命に走り、走りながらときどきポップコーンを食べ、本牧の「フェンスの向こう側のアメリカ通り」に溶かしバターのたっぷりかかったポップコーンを撒き散らした。1970年代初頭におけるもっともファニーかつファンキーな光景だったといまにして思う。

「『明日に向かって撃て』はみたか?」
「うん」
「みたくなったな。フトハンが戻ってきたら三人で一緒にみよう。そのあとはフォートでビリヤードをやろう。イージー・ライダーズ結成のお祝いに」
「いいね」

ITに答えながら、私は初めて『明日に向かって撃て』をみた夏のことを思いだしていた。


『明日に向って撃て!』は小学校5年生の夏休みに横浜本牧のPXの映画館でみた。まだ「フェンスの向こう側のアメリカ」があった頃だ。だだっ広いPXの映画館を出て、私はよく冷えたセヴンナップを飲みながら根岸までひたすら歩いた。そうとでもしなければ『明日に向って撃て!』のラスト・シーン、ボリビア国軍に真っ正面から突っ込んでゆくブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのストップ・モーションから永遠に逃れられないような気がしたからだ。

夏の盛りの太陽は残酷で容赦なく、私の中のなにもかもを焼きつくそうとしているかに思われた。ボリビア国軍に真っ正面から突っ込んでゆくブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのストップ・モーションが繰り返し繰り返しどこまでも青い夏の空の中に大写しで見え、『Raindrops Keep Fallin' on My Head』のリフが頭の中で鳴りつづけた。ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのストップ・モーションが次のストップ・モーションに切りかわるたびに、私は私の手の中で冷たい汗をかき、みるみるぬるくなっていくセブンナップを飲んだ。そのようにして、私は私の『最後のセブンナップ』を飲み終えた。

『明日に向って撃て!』をきっかけに、私はいわゆる「アメリカン・ニューシネマ」にのめり込んだ。これ以後の数年は1980年代後半とならんでもっとも映画をみた時期でもある。B.J. トーマスが歌う主題歌の『雨に濡れても』は私にとっては、私の「されど我らが日々」を象徴する楽曲でもある。いまでもときどき聴くが、そのたびにやさしくなつかしい気持ちになる。二度と取り戻すことのできないものほど甘くせつなくやさしくなつかしい。

ポール・ニューマン。私の「青春」のある部分の象徴だった。2007年の引退会見をみて、「その日」が近いことはわかっていたが、2008年9月26日、いざ実際にポール・ニューマンの死の報せにまみえると、心がざわついた。ポール・ニューマンは私の少年時代と青春時代のど真ん中で、何者にもなりかわりようのない目映い輝きを放って存在しつづけていたからだ。

ポール・ニューマンは私の、だれにも触れさせない、もっともやわらかく、もっとも輝き、もっとも希望に満ちていて、しかもとりとめなく、あてどない部分と確実に繋がっている。それらは宝石と呼ぶにふさわしい。数年後、そのすべてが粉々に砕け散ったとしてもだ。

ポール・ニューマンの出演作品はすべてみているが、中でも取り分けて印象深く忘れがたいのが『明日に向って撃て! Butch Cassidy and the Sundance Kid (1969)』『ハスラー The Hustler (1961)』『スティング The Sting (1973)』の3作品だ。

ポール・ニューマンはその活躍ぶりと知名度にもかかわらず、長くアカデミー主演男優賞には縁がなかった。ノミネートされるもののずっと受賞をのがしつづけた。ポール・ニューマンの社会運動家としての(アカデミー主催者からすれば「影」ともいえる)キャリアが受賞を阻んだのではないかという穿った見方ができなくもないが、そんなことはもはやどうでもいい些末事にすぎない。ポール・ニューマンは死んだのだし、ポール・ニューマンはスクリーンの中で永遠に生きつづけるのだから。しかも、いつまでも若くせつないままに。

明日は久しぶりにセブンナップを飲んでみよう。「最後のセブンナップ」はとうの昔に飲み終えたが、それとはまたステップのちがう別のセブンナップを。いまなら、『明日に向って撃て!』をみてもあのストップ・モーションに搦めとられる心配もあるまい。あの遠い日の夏に私を襲ったストップ・モーションは「最後のセブンナップ」といっしょに飲み干してしまったんだから。


B.J. Thomas - Raindrops Keep Fallin' on My Head

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by enzo_morinari | 2013-02-27 16:35 | シンクロニシティ・ストーリーズ | Trackback

スタンドバイミーの男#2 ワイルドで行こう

 
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イージー・ライダーズ
逗子の森戸海岸の海に真っ逆さまに沈んでゆく夕陽に赤く照らされながら、スタンドバイミーの男、ITは「イージー・ライダーズを結成する」と宣言した。その翌日、ITは盗んだ新聞屋のホンダ・スーパーカブ90に乗ってやってきた。中学1年の夏休み初日の朝だ。

ITは私の家の玄関前で「ダ~リンダ~リン♪」とホンダ・スーパーカブ90のアクセルを吹かしまくった。けたたましい音だった。世界中のお昼寝中の赤ん坊と眠りの森の美女と何年も大いなる眠りについている大鹿マロイが目を覚ますほどの。

窓をあけるとホンダ・スーパーカブ90にまたがるどや顔のITがいた。ITはチョッパー・ハンドルのハーレー・ダビッドソンに乗ったデニス・ホッパーとピーター・フォンダがプリントされた『イージー・ライダー』の黒いTシャツを着ていた。

「その重いケツを持ち上げて、とっとと仕度しろ。そして、ママにお別れのキスをしてこい。おれたちには時間がないんだ」
ITはそう言うとTシャツの左袖に巻き込んだハイライトを取り出して口にくわえた。私はもう何ヶ月も洗濯していないリーヴァイス501を履き、ちょっと酸っぱい匂いのするヘインズのTシャツを着てから、台所で朝めしを作っている母親に声をかけた。
「出かける」
「朝ごはんは?」
「いらない」

私は母親を抱き寄せ、キスし、別れを告げた。そして、家を出た。


「きょうからおれたちはイージー・ライダーズだ」
「いかすぜ」
「おれがビリーで、おまえがキャプテン・アメリカだ。いいな?」
「オーケイ。ハンセンはだれにする?」
「そうだな。だれがいいかな。ルート16をかっとばしながら考えよう」
「うん。それがいい。だけど、おれのキャプテン・アメリカ号がない」
「あるよ」
ITは斜め向かいの外人ハウスの玄関脇に停まっているシルバー・メタリックのホンダDAXを指差した。
「そりゃ、ちょっとやばすぎるだろうよ」
「なんにもやばくない。おれたちは自由だ。自由なイージー・ライダーなんだ。ビバ・アメリカだ。Born To Be Wild だ。ワイルドで行くんだ。おぼえとけ」

このようにしてわれらが「イージー・ライダーズ」は結成され、ひと夏のワイルドでMG5でウッドストックで生涯にわたって忘れえぬ冒険の旅は始まった。まずはハンセン探しからだ。

Steppenwolf - Born To Be Wild
 
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by enzo_morinari | 2013-02-27 05:10 | シンクロニシティ・ストーリーズ | Trackback

スタンドバイミーの男#1

 
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【シンクロニシティ・ストーリーズ#1】


スタンドバイミーの男 /シンクロニシティ1丁目1番地1号住人

夜の帳がシンクロニシティの街をおおいつくし、「戸締まり、火の用心」を呼びかけるシンクロニシティ消防局の防災放送とともに、どこからともなく『STAND BY ME』が聴こえてくるとある男のことを思いだす。仮にITとしておく。ITは私の古い友人であると同時に、孤独と困難と困憊と裏切りにまみれた勝ち目のない戦いをともに戦った戦友でもあった。

ITはなにかというと『STAND BY ME』を派手なパフォーマンス付きで歌う男だった。仲間の母親の葬儀であろうが、吉村家で下卑たギトギトのラーメンをむさぼり喰っているときであろうが、セントラルヴィレッジ・ブリッジのたもとで飲酒検問にひっかかり、鬼瓦のようなご面相の警察官に大目玉をくらっていようが、おかまいなしに「ダ~リンダ~リン♪」である。

ITのスタンドバイミー・パフォーマンスは日時、天候、距離、明暗、形式をわきまえぬ無法ぶりでつとに知れわたっており、われわれの住む街シンクロニシティではITがあらわれると、店のシャッターは音を立てておろされ、厳重に戸締まりをする者どもが続出した。痛快といえば痛快、愉快といえば愉快だが、最大の問題はITがケタはずれの音痴であることだった。私はITの歌声を聴いて、少なくとも7度吐いたことがある。絶交を考えたことは数えきれない。

ITの妻から彼の死の知らせを受けたとき、私はMac Miniを起動し、iTunesを起ち上げてプレイリストの「心さびしいときに聴く音楽」を選択し、ベン・E・キングの『STAND BY ME』をダブルクリックした直後だった。「またシンクロニシティだ」と私は思わずつぶやいた。

ジェームズ・ブラウンの死を知ったときも、私は『SEX MACHINE』を聴きながら、JBの牧師の説教のような歌いっぷりをまねて奇声をあげているさなかだった。『SEX MACHINE』が山場を迎え、私が絶妙の「ゲロッパッ!」をキメたとき、虹子はいぶし銀のごとき遊撃手の正確無比なスローイングのようにピシャリと言い放った。

「JBが死にましたわよ」
まさに絶妙のタイミングだった。
「ジャクソン・ブラウンか?!」
「ジェームズのほうです」

私は『STAND BY ME』をリピート・セットし、虹子フラグが立つ寸前のレベルまでオーディオ装置のヴォリュームを上げた。

スティーヴン・キング原作の映画『STAND BY ME』をみたのははるか大昔だ。あれは私の心が石ころに変貌を遂げてから3度目の夏だったように記憶している。原作の『THE BODY/死体』はスティーヴン・キングらしい「風変わりで奇妙な恐怖」を随所に散りばめた掌編で、映画で描かれたような「青春物語」などではなかったが、私は映画のほうが好きだ。小説と映画という枠組みのちがいを差し引いても、私は映画のほうに軍配を上げる。

映画は青春時代のほろ苦い思い出をせつなく美しく、ときに生々しく描いていて好感がもてた。のちに小説家となるゴーディを演じた少年は好演だったし、ゴーディの親友役のクリスを演じるリヴァー・フェニックスは悲劇の死を迎えることも知らずにすばらしい演技をみせ、いま見なおすとその悲劇的な死ともあいまってせつなくなる。

夏休みが終わり、新学期が始まって、ゴーディ少年は「ひと夏の冒険と恐怖」をともに経験した仲間の一人と街ですれちがい、相手はほかの同級生と楽しそうにしていてゴーディに見向きもしないシーンには胸の奥のほうがかなり痛んだ。おなじような経験が何度もあったからだ。成熟が「喪失」の異名でもあることを知るきっかけとなる映画だった。

スタンドバイミーの男、ITを殺した犯人は幼なじみだ。仮にTHATとしておく。ITの死体はバラバラに切断されたうえに小学校の校門に生首が晒された。その小学校はITと犯人と私の母校でもあった。犯人の男はシンクロニシティ消防局の古株の消防士で、取り調べの際、IT殺害の動機について「積年の怨みを晴らしたまでだ」と反省のそぶりもみせずに供述した。積年の怨み? 酒鬼薔薇聖斗じゃあるまいし。だが、犯人はおそらく酒鬼薔薇聖斗の犯行声明文の文言を真似したにちがいなかった。

犯人の消防士は私もよく知っている男だが、私が生きてきた50年の人生の中でも5本指に入る「いやな奴」だった。金輪際、「自己犠牲」とは縁のない奴。こどもの頃からいかなる状況においても常に安全地帯に身を置き、それが脅かされそうになると躊躇なく仲間を裏切った。

殺されたITはうそとごまかしとまやかしときれいごとが大嫌いな奴だった。嫌いどころから憎んでさえいた。そんなITの口ぐせは「うそくせえ」だった。私がITを戦友と認めておなじ陣営に立ち、ともに隊列を組んだのもITのそんなところに魅かれ、信頼したからだ。

ITはこどもの頃から、ことあるごとに犯人である消防士の男の「うそくささ」をなじった。ITはからだも大きく、腕力もなかなかのものだった。消防士の男は背は高いが痩せぎすで気の弱いやつだった。「積年の怨み」という言い分がまったく根拠がないわけではないようにも思える。殺されるのが私であったとしても不思議はない。ITと私はいつも行動をともにしていたからだ。

私自身が消防士の男を満座の席で糾弾したのも一度や二度ではない。それもぐうの音も出ぬほどに。街で偶然に行き会ったときの消防士の男、THATの暗く陰湿な眼はいま思い返しても虫酸が走る。

話はすこしそれる。
ボブ・ディランはかつて「新しさ」ばかりを盲目的・無自覚に追いつづける人びとに警鐘を鳴らした。

「現代文化をすべて忘れ去って、キーツの詩やメルヴィルの『白鯨』を読み、音楽はウディ・ガスリー、ロバート・ジョンソンを聴くべきだ。現代人はいまだに19世紀すら消化できていないのだ」

この警鐘はもちろんいまも有効である。ディランの鳴らす鐘の音が聴こえない者はよく耳の穴をかっぽじったほうがいい。
ボブ・ディランにかかわることで印象深いのは、ボブ・ゲルドフが提唱した「Band Aid Movement」に触発され、自分たちも負けてはいられないとばかりに厚顔無恥にもそっくりそのままパクり、「アフリカの貧しい人びとを救おう」という大仰御大層な旗印のもと、豪華ご立派な顔ぶれをこれでもかというくらいに呼び集めて行われた『We Are The World』の収録現場におけるボブ・ディランの表情だ。

アメリカ合衆国の五木ひろしことコモドアーズのライオネル・リッチーやショタ公マイケル・ジャクソンや自己啓発セミナーの伝道師ことブルース・スプリングスティーンや三流三下おちゃこちゃ小娘シーラ・Eらが上っ調子に「薄っぺらな善意」をふりまく中、ディランだけはその場のすべてに対して戸惑い、異和を感じ、首を傾げ、距離を保っているように見えた。

あのときのステージで、はにかみ、いやがるディランを無理矢理、最前列中央にひっぱりだした大うつけ者、たわけ者どもは、いまごろ、ふかふかのベッドで惰眠を貪り、脂肪たっぷりのファックな豪華ディナーに舌鼓を打ちながら、「今夜のお相手」の耳元に歯の浮くようなたわ言を囁いているんだろう。ことほどさように世界はうそっぱちと愚鈍と放蕩とに満ちあふれている。考えただけで虫酸が走る。疲れる。

ボブ・ディランの戸惑い、異和は『We Are The World』をカルト宗教のイヴェント、馬鹿騒ぎ、お祭り騒ぎにすぎないと苦々しく思っていた私自身の戸惑いでもあった。当時、さんざっぱら『We Are The World』はすごい、すばらしいを連呼し、アフリカの飢えた子供たちのためにできることをなにかしようと吹聴しまくっていた軽佻浮薄なやつが、数年後、後輩の女房を寝取り、その後輩を自殺にまで追い込むという出来事があった。その軽佻浮薄男こそがIT殺しの犯人、THATだ。


Ben E. King『STAND BY ME』
 
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by enzo_morinari | 2013-02-26 18:13 | シンクロニシティ・ストーリーズ | Trackback