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あえて「メン殺し」の汚名を着て#3 日本初の女性ラーメン評論家ならびにラーメン小娘お断り!

 
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自称、「日本初の女性ラーメン評論家」なる者がいる。年端もいかぬ小娘である。仮に「ラーメン小娘」としておく。一時期、低俗愚劣なポンコツ三文三下奴メディアに頻繁に露出していた。「ある事件/騒動」を起こすまでは。事件/騒動勃発からすでにして半年ほども経過しているが、「炎上」「祭り」は完全終息していない。ラーメン小娘が引き起こした問題の根が深いことを示している。
ラーメン小娘の視線が向かっている先はラーメン、「食」ではなく、グロテスクな自己愛を実現するための手練手管をいかにラクに要領よく手に入れるかということだけである。ラーメンにも「食」にも眼差しは注がれていないのであるから、当然、これらについての記述には新味も感動も驚きも面白みも一切ない。ひとかけらさえもだ。まずい。くそまずい。胸くそが悪い。このような輩にあれこれと故障しきった日本語で論評されても、論評された店側はいい迷惑という次第である。語るに落ちずということだ。

あるラーメン店の「定休日」をめぐってこのラーメン小娘が巻き起こした「騒動」にはいくつかの醜悪さが露呈している。
ひとつは「女性ラーメン評論家」なる立ち位置を遮二無二売りにしながら、なんとしてでもメディアに露出しようとするあさましさ。
ふたつは件のラーメン店の「定休日」を確認しなかったみずからの怠慢怠惰愚鈍を「食べログ」と当該ラーメン店のせいにしようとしてウソをウソで塗り固める卑しさ。
みっつは当該ラーメン店で遭遇した地方から来たという人物に同情を寄せる姿を装うことで自分の立ち位置を「善良な人間」「心の温かい好人物」と見せかけようとするさもしさ。そもそも、「地方から来た人物」なる者が本当にいたのかどうかも疑わしい。あくまでもラーメン小娘のみの言い分であり、客観証拠はなにひとつない。そして、ラーメン小娘は御丁寧にも当該「地方から来た人物」に近辺のラーメン店を20軒もメモして渡した旨申し述べている。当該ラーメン店の周辺には他人に勧められるようなラーメン店は20軒もない。あると言うなら具体的に地方青年にメモとして渡した20軒のラーメン店の店名を「麺の形状」「スープのタイプ」「席数」「価格」とともに挙げよ。いやはや、どこまでウソ臭い輩であることか。「年中無休って食べログに出てましたよね」というやりとりをしただって? 「年中無休」などという元々ない情報について、なぜそのような会話が「地方から来た人物」とすることが可能なのだ? ここでもまたラーメン小娘は馬脚をあらわしている。事実の捏造という馬脚を。このようなやりとりがなかったか、そもそも「地方から来た人物」など存在しなかったということだ。さらに言うならば、そもそもラーメン小娘は当該ラーメン店に金輪際足を運んでいないことが強く疑われる。捏造につぐ捏造をかさねてこのラーメン小娘が言いたいことは、ひたすら自分が「善良な好人物」「純粋」であると偽装することなのだろうが、ところがどっこい、ラーメン小娘の実体はその正反対、狡猾にして虚飾虚偽にまみれている。
よっつは「定休日」については騒動後に「食べログ」の記事が当該ラーメン店の手によって書き換えられたなどと再び噴飯ものの事実の捏造を行って「食べログ」とラーメン店を貶めようとする悪意のおぞましさ(「食べログ」の記事の最終更新日は「2012年9月29日」である)。
五つはラーメン小娘の他者の立場をいささかも斟酌せず、慮らない冷酷さである。よしんば、百歩譲って当該ラーメン店が「臨時休業」をしていたとして、「悲しい気持ちになりました」などと不特定多数の目に触れるネット上に発信されるいわれなどこれっぽっちもない。飲食店における飲食は双務契約であって、客は代金を支払い、飲食店側は料理等を提供することとそれに付随する各種の人的物的サービスを客に提供する。それ以上でもそれ以下でもない。にもかかわらず、「臨時休業」ごときで「悲しい気持ちになりました」とはなんという傲岸不遜な言い草であるか。「悲しい気持ち」うんぬんなどというたわ言は脳みその皺の足りないたわけ者どもとのなれ合いと愚劣まみれの烏合の集まりでしか通用しない。ラーメン小娘の実兄であり、西武学園卒、筑波大学大学院人間総合科学研究科教育学専攻のMは厳にラーメン小娘を戒めなければならない。ウィキペディアに手前味噌記事、自作自演記事、提灯記事を立てるヒマなどないはずである。大瀬甚太郎が墓場で泣いているぞ。

このラーメン小娘のすべてを他者との位置関係を表明することによって「おいしい立場」をえようとする小賢しさ、小狡さ、厚顔無恥さ、卑しさ、さもしさ、あさましさにこそ問題の根はあるのであって、そのような輩が食にまつわることをいかほどに述べようとも真実味もリアリティもないのは言うまでもない。
試みにこの小娘のブログを眺めてみるがいい。中心は「善良そうに微笑む美人でカワイイあたし」の本人画像と、自身の価値を高くみせようとして登場させる「著名人」「クリエイティブ系」「アーティスト系」なる者たちと一緒に映る画像がほとんどである。肝心のラーメン、料理は二の次、三の次である。著名人だろうが有名人だろうが無名人だろうがクリエーターだろうがコンクリート・ミキサーの運転手だろうがラーメン、料理の味にはいささかも影響しない。有名人? それってうめえのか? クリエーター? それってよく出汁が効いているのか? アーティスト? それって食感がいいのか?
通常、ほっておいてもこのような輩は消えていくのであるが、いまだにいけしゃあしゃあと「ウソ」を認めず、ウソでウソを塗り固めようとする態度、言動は改まっていないのであるから(ゴミくずのようなブログは愚にもつかぬ提灯持ちの自身に都合のいいコメントだけを承認、表示しているところからも反省していないのは明らかである)、手加減も容赦もする必要はない。情けも無用である。このようなときこそ、「情けはひとのためならず」の意味を考えるがよろしかろう。

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結論1:チンケ、チンチクリンはその見姿だけでなく、やることなすことすべてがチンケでチンチクリンである。ラーメン小娘の駄文駄書『日本初の[女性ラーメン評論家]になっちゃいました!』もチンケでチンチクリンである。しかも、誤字脱字の嵐、誤った文法、まちがいだらけの句読点の用法、退屈きわまりないチンケな表現にまみれている。

結論2:ラーメン小娘は事実を捏造した個々の事案について潔く非を認め、「うそをつきました」と明瞭かつ具体的に表明しなければならない。その後の出処進退についてはおのずと導かれるはずである。

結論3:ラーメン小娘は実際には行ったことも食したこともないラーメン店について論評したこと、ラーメン店側から金銭財物の提供を受け、提灯記事を書いたことを認め、表明しなければならない。中には名も知らないラーメン店もあるはずである。

結論4:ラーメン小娘は箸の使い方、食べ方を身につけなければならない。ラーメン小娘の箸の使い方、食べ方を見ていると気色が悪くなる。めしがまずくなる。稚拙な箸使い、卑しい食べ方は「評論家センセイ」以前の問題である。

結論5:「鬼そば 藤谷」は「名誉毀損」「営業妨害」その他による不法行為に対する損害賠償請求訴訟を提起せよ。訴状、準備書面その他の作成は一切の対価なしで行う用意がある。ネット上に本谷亜紀が公開した情報だけで勝訴は確実である。なんとなれば無料で法定代理人を引き受ける用意もある。

結論6:全国のラーメン店、飲食店はただちに「日本初の女性ラーメン評論家お断り!」乃至は「日本初の女性ラーメン評論家お断りの店」の看板を掲げよ。


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by enzo_morinari | 2013-10-27 19:28 | あえて「メン殺し」の汚名を着て | Trackback

あえて「メン殺し」の汚名を着て#2 HIP HOPな和風パスタ

 
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去年の秋に鬼籍入りした「壁の穴」の成松孝安が考案した和風パスタの先がけとも言える「たらこスパゲティ」の誕生にはベートーベンの第九とジョン・マルコビッチが関係している。というのは明太子なみに真っ赤なうそで、食通で知られる常連客のN響楽団員に「キャビアでスパゲティを作ってくれ」と頼まれたのがきっかけだった。件のN響楽団員はホルン奏者であったというから、大方、自分の食通ぶりを吹かしたかったのでもあるだろう。

時代は1960年代末。日本は高度成長真っただ中、固定相場制で1ドルが360円だった頃だ。成松はキャビアは使いきれないのでたらこを代用してメニューに取り入れた。これが舶来かぶれどもに大いにうけた。吾輩は「和風パスタ」などというシロモノをほとんど認めないが、成松の「たらこスパゲティ」には及第点を与える。その発想の柔軟さと「古きよき昭和」の時代性を象徴しているという点において。1960年代は鱈の豊漁期が続いていて、たらこはまだ庶民の食卓に当たり前のように並んでいた。たらこは「貧乏人の食いもの」のひとつでもあって、吾輩などは来る日も来る日もたらこの焼いたのを喰わされた記憶がある。

「たらこスパゲティ」の誕生から幾星霜を経て数多の「和風パスタ」を自称するしろものが誕生しているが、ろくなものがない。「和風」をつければいいというものでもなかろうが。そのうち、「洋風糠漬け」やら「中華風もりそば」やら「和風シュールストレミング」やら「田舎風ヴィユー・ブローニュ」やら「あっさりカオリフェ」やら「エピキュア懐石」やらの御登場とでも相成るのか?

さて、吾輩が「明太子スパゲティ」なる珍妙な食いものを初めて喰ったのはいつどこだったか。あれはたしか泡の時代の初期、西麻布交差点近くの「Cafe La Boheme」だったと記憶する。「Cafe La Boheme」がオープンして間もない頃だ。細く急な階段をのぼった2階に「Cafe La Boheme」はあった。メニューに「明太子スパゲティ」の文字をみつけたときは「ふざけるな」と思った。「イタ公がそんなものを喰うか!」とも思った。

喰った。うまかった。ものすごくうまかった。吾輩のすぐ横のテーブルでとんねるずのスカタンヘッポコ石橋貴明が脳味噌のしわの少なそうなワンレン・ボディコンおねいちゃんのうなじに息を吹きかけながら口説いていた。石橋の肩越しに調理場を見ると、黒人のシェフがウォークマンのヘッドフォンをして音楽を聴きながらリズミカルに仕事をしていた。

「Cafe La Boheme」は繁盛店になるなと思ったらすぐに行列ができるようになっていた。もう何年も「Cafe La Boheme」には行っていないが、味はどうなんだ? 明太子スパゲティとガーリック・トーストとクラム・チャウダー。それにグラス・ワインとコーヒーがついて1200円だった。いい時代だったと言えば言えないこともない。勘定をすませて帰りがけ、厨房の黒人シェフに声をかけた。

「おまえさんが聴いているのはなんだ?」
「アフリカ・バンバータだ。HIP HOPだ」
「なんだそりゃ?」
「聴いてみな」と言って黒人シェフはヘッドフォンを吾輩の頭にかけた。
「すげえ!」
「だろう?」
「すげえ。あんたの明太子スパゲティの100倍ヒップでホップだ」
「明太子スパ、うまくなかったか?」
「うまかったよ。ヒップでホップだった」
「あんた、名前は?」
「Diogenez Dog。樽犬だ」
「ともだちになりたいな」
「いいよ」

このようにして吾輩と「Cafe La Boheme」の黒人シェフ、マーカス・マーベラス・ザ・ドッグズはいい友人になった。マーカス・マーベラス・ザ・ドッグズは現在、ニューヨーク5番街のヒップな人々御用達のレストラン、「MARCUS MARVELOUS THE DOGZ」でHIP HOPな食いものを日々、ラップ&ライムしている。まことによろこばしいことだ。
 
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by enzo_morinari | 2013-01-18 18:30 | あえて「メン殺し」の汚名を着て | Trackback

あえて「メン殺し」の汚名を着て#1 鍋焼きうどんの湯気の向こう側

 
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思えば多くの麺どもを殺す人生だった。記憶に残る初めての麺は鍋焼きうどん。生物学上の父親に連れていかれた横浜マリンタワー近くの蕎麦屋で食べた。ちょうど今頃、小学校に上がる直前の真冬だった。

吾輩は見た目はこどもでも中身はすでにおとなだった。人間や世界を観察、計測することが生きているうえで数少ないたのしみのひとつだった。人間や世界についての「答え」らしきものもすでにみつけていた。すべてはばかばかしいのだという「答え」を。

その蕎麦屋で鍋焼きうどんは一番値段が高かった。一番高いものを頼めば生物学上の父親に対する日頃の鬱憤を晴らせるように思えた。熱かった。お麩が特に熱かった。味などしなかった。味などするはずもない。目の前にいるのは吾輩が世界で一番憎んでいる相手なのだから。

覚えたての「作り笑い」を見せながら食べた。唇と舌を少しやけどした。生物学上の父親はもり蕎麦に日本酒をかけて食べていた。青々とした髭の跡が妙に生々しくてどきどきしたことをおぼえている。

生物学上の父親は年に一度か二度やってきては吾輩をあちこち連れ出した。生物学上の父親はいつも眉間にしわを寄せていた。いつも苛立っているように見えた。実際、苛立っていたんだろう。人間や世界に対して。吾輩もおなじような気分をずっと抱えつづけながら生きている。血は争えぬものだ。

生物学上の父親は吾輩を見ぬままくぐもったような声であれこれと質問を浴びせてきた。どうでもいいようなことばかりだった。そうとでもしなければ間がもてぬとでも思ったか。まあ、そういうことだろう。

「勉強はどうだ?」と生物学上の父親がたずねた。
「小学校で勉強することは終わりました」
「ふん。やるじゃないか。なにが一番おもしろい?」
「この世界に本当におもしろいことなんかあるんですか?」
「さあな。おれにはわからない」
「あなたがわからないことをわたしがわかるとは思えませんね」
「生意気なやつだ」
「お褒めの言葉として受け取っておきます」

生物学上の父親は押し殺したような笑い声をあげ、酒を追加で注文した。鍋焼きうどんの湯気の向こう側で、久しく見ることのなかった生物学上の父親のやや歪んだ笑顔が揺れていた。
 
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by enzo_morinari | 2013-01-11 05:00 | あえて「メン殺し」の汚名を着て | Trackback