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飛行機乗りの墓場 ── いい奴は死んだ奴だ。

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東京ローズがRadio Tokyo Broadcastingの連合国軍向けプロパガンダ放送『ZERO HOUR』のON AIR中に、囁くような甘い声で「ラングーンに素敵なものを贈るわ。最高のクリスマス・プレゼントよ」と予言めいた言葉を戦場に向けて届けた2日後。

ビルマ・ロード上空で加藤隼戦闘隊と死闘を繰り広げていたアメ公義勇軍(AVG)所属の空飛ぶ猛虎軍団第三戦隊 ヘルス・エンジェルスのカーチス P-40C型トマホークが藤田進主演の戦意高揚映画『加藤隼戦闘隊』を映す横浜伊勢佐木町の横浜オデオン座の巨大な3Dスクリーンから飛びだしてきた。機首下部にペイントされたサメの歯が目前に迫り、ALTEC A7 Voice of the Theaterが地鳴りのような大音響を轟かせた。座席が激しく揺れた。大日本帝国陸軍第3航空軍第5飛行師団の加藤建夫中佐率いる飛行第64戦隊(64FR/加藤隼戦闘隊)が追撃する。

「死を見ること帰するが如し。死を跳躍台として悠久に生きるのだ」と加藤はつぶやいた。彫りの深い加藤の顔はいたって穏やかだった。静謐に包まれてさえいる。

加藤の標的はただ1機。敵のエース・パイロットだ。加藤は一撃離脱戦法を駆使し、脳内死ね死ね団団長の通称レインボーマンが操るP-40C型トマホークの燃料タンクにピタリと照準を合わせた。

12.7mm固定機関砲ホ103がリズミカルな轟音を発して火を噴いた。紅蓮の炎と見えた。ずば抜けた弾速の12.7mm固定機関砲ホ103は瞬時にP-40C型トマホークを撃墜した。加藤隼戦闘隊隊長加藤健夫中佐の14機目の確実撃墜である。

加藤建夫中佐が果てしない蒼穹の虚空を、敵と味方の別なく整然と無音で飛ぶ無数の戦闘機の隊列に加わるのは5ヶ月後のことだった。飛行機乗りの墓場から帰還した者は紅の豚だけである。


by enzo_morinari | 2018-05-29 20:07 | 飛行機乗りの墓場 | Trackback | Comments(0)
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