男は殺しの前に"Amat Victoria Curam"とつぶやく。1957年型のフェラーリ 250 GT LWB Berlinetta Tour De Franceが静かに停まった。美しい曲面を描くドアが開き、無駄も一分の隙もない動きで左脚が出てくる。
男が履いている靴はガジアーノ&ガーリングの黒のミッチェルTG73だ。いや、黒ではない。わずかにブルーが混じっている。ミッドナイト・ブルー。6月の梅雨の合間の青空が映りこむくらいによく磨き上げられている。足はギリシャ先広タイプ。サイズ290/ワイズEほど。フレンチ・サイズなら44といったところだ。
「1mmも動くな。動いた途端に頭が吹っ飛ぶからな」
全身が音を立てて固まる。
「いい子だ。Amat Victoria Curam. 周到な準備が勝利を招く」
周到な準備が勝利を招く。男の言うとおりだ。
「おまえのスーツの着こなしはまるでなってない。それが目下のところの一番の懸案事項だ」
言い終えると同時に男は素早い動きで車から降りた。残酷な夏の始まりを告げる男、GRIP GLITZの登場だった。