センス・エリートのための二流の美学 エディ・ヒギンズ『My Foolish Heart』

 
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ある方のブログにリンクしてあった YouTube になつかしい名前をみつけた。エディ・ヒギンズ/Eddie Higgins. 超一流でも一流でもなく、二流あるいは三流。大いなる二流。あるいは一流の二流もしくは二流の美学を持ったピアノ弾き。

ジャズ・ピアノについて語られるとき、エディ・ヒギンズの名が挙がることはほとんどない。革新的なことをしていないから? カクテル・ピアニストだから? 理由はいくらでもあり、いくらでもつくられる。

ビル・エヴァンス、キース・ジャレット、バド・パウエル、セロニアス・モンクと同列に語ろうものなら、目の色をかえて猛烈な反論反撃をしてくるくそまじめな精神の持主(ドグマ好き/権威好き/守旧派/脳味噌の中身はオガクズかオカラ)どもがいるが、彼奴らのたわ言など知ったことではない。

一流だろうが二流だろうが有名だろうが無名だろうが革新的だろうが凡庸きわまりなかろうが類を見なかろうがどこにでも転がっていようが、いいものはいい。わるいものはわるい。話は簡単だ。硬直した権威主義者と取り澄ました教養主義者と頑迷蒙昧な教条主義者は「物静かに退場しろ」ということである。

一流の映画監督よりも三流の映画役者、脇役をこよなく愛する吾輩としては、当然にエディ・ヒギンズを愛する。「たかが音楽、されど音楽」だけれども、やはり、音楽など「たかが」という括りをしておくくらいがちょうどいい。

J.S. バッハの音楽作品をすべて聴いても、『平均率クラヴィーア』全編を暗譜できるほど聴きこんでも、グレン・グールドの『ゴルトベルグ変奏曲』の1955年盤と1981年盤を聴きわけられても、ワグナーの大仰御大層大袈裟な精神が生んだ『ニーベルングの指環』、序夜の 『ラインの黄金』を皮切りに、第1夜 『ワルキューレ』、第2夜 『ジークフリート』、第3夜 『神々の黄昏』まで、総演奏時間15時間にも及ぶ超大作を毎日聴いたところで腹はふくれないし、稼ぎがよくなるわけではないし、35年の住宅ローンがなくなるわけでもないし、かみさんの御機嫌が麗しくなるわけでもない。

「音楽で心豊かに」もへったくれもない。CDに2000円も3000円も出し、あるいはiTunes Storeで1曲200円でDLして音楽を聴くより、さらには、音楽家の名前や作品名や音楽史をおぼえるより、英単語/仏単語/伊単語/独単語/西単語/葡単語のひとつもおぼえ、ついでにコンチネンタル・タンゴのステップを踏めるほうがよほどめしのタネに繋がる。

貧困なる精神? 貧困のことなら、世界には山ほど掃いて捨てるほどある。そちらのほうが先決問題だ。NO MUSIC, NO LIFE? 音楽ごときでなくなるような人生なら、さっさとピットブルかプレイリードッグにでも喰われてしまえ。

と、音楽に対して憎まれ口減らず口を叩こうと思えばいくらでも叩ける。しかし、やはり、音楽(に限らず、文化全般)は生きてゆくうえで、なにかしらの「妙味」「滋味」となることは動かしようがない。ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウはポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウな音楽しか聴いておらず、ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウなテクストしか読んでおらず、ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウな映画しかみておらず、ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウな恋愛しかしておらず、ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウなメイクラヴしかいたしておらず、ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウな食いものしか喰っておらず、ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウな仕事しかしていないという事実。おそろしいほどの冷厳冷徹さ。

ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランが「普段、何を食べているか言ってみろ。すぐにおまえがどのような人物か言い当ててやる」と言ったのは、食いものにかぎらない。実におそろしくもある。ことほど左様に、音楽(に限らず、文化全般)は人間存在の基底部に強く大きな影響を持つ。

さて、エディ・ヒギンズ『My Foolish Heart』の話だ。収録されているのはアルバム・タイトルともなっている『My Foolish Heart』を皮切りに、いずれもスタンダードの名曲ぞろい。肩肘を張らず、リラックスして聴くのに最適にして至福の時間をもたらしてくれる。愚かだった若かりし日々の痛切やら痛恨やら悔悟やらを思い返すときの背景音楽としてもいい。

これまたなつかしい、偉大なる二流のテナーマンである客演のスコット・ハミルトンがいぶし銀のようなパフォーマンスを聴かせている。派手さはないがサイドメンの二人も滋味溢れるプレイだ。

酸いも甘いも経験済みのおとなが聴くにふさわしい。遠い日の二度と取りもどすことのできない日々の中のふとなつかしくなるような小さな思い出のような演奏。心に静かに響き、沁み入り、そして、残る。

Eddie Higgins Quartet『My Foolish Heart』はすぐれたワンホーン盤でもある。マイルスもモンクもコルトレーンもエリック・ドルフィーも魂が元気なときに聴けばいい。普段は穏やかで心地よい音楽で十分だ。いや、十分どころか、穏やかで心地よい音楽こそが良い人生の景色を手に入れるためには必要不可欠である。

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My Foolish Heart - Eddie Higgins Quartet (2002)
Recorded at Avatar Studio in New York on September 26 and 27, 2002.
Genre: Jazz
Label: Venus Records
Producer: Tetsuo Hara and Todd Barkan


Personnel
Eddie Higgins - piano
Scott Hamilton - tenor sax
Steve Gilmore - bass
Bill Goodwin - drums
*Scott Hamilton appears courtesy of Concord Records

Track Listing
01- My Foolish Heart
02- Russian Lullaby
03- What is There to Say
04- That Old Black Magic
05- Skylark
06- Night and Day
07- Embraceable You
08- Am I Blue
09- These Foolish Things
10- The More I See You
11- The Song is You
12- This Love of Mine


Eddie Higgins Quartet- My Foolish Heart

*こんなところで愛宕山がわりに、吾輩のセンス・エリート100箇条を附記する。残り少なくなった2013年夏を乗り切るためのよすがとされたい。読んだところで「いのどん」「ヘーイ」だが、センス・エリートのための椅子の座り方のヒントはあるはずだ。

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【センス・エリート100箇条】
30歳を目前にした熱い夏、ある輸入ビールの広告制作の依頼が舞い込んだ。当時はキリンビールが圧倒的なシェアを有していて、どいつもこいつも当たり前のようにキリンビールを飲んでいた。そういった状況に異議申立てしたかった。そして、「センス・エリート/1番が1番いいわけではない。1番ではないことがクールでカッコイイことだってある」というコンセプトで企画を立て、広告文案を書いた。自分自身に言い聞かせるような意味合いもあった。ギャラは安かったけれども、この広告文案が書けたおかげでその夏はいい夏になった。その夏の終わりに手に入れたデイヴィッド・ホックニーのリトグラフはいまも手元にある。

001 30歳を過ぎても少年の好奇心が旺盛である。
002 謎めいた部分を持っている。
003 家庭のことはいっさい口にしない。
004 軽々しく“仕事”という言葉を使わない。
005「男らしさ」を誇示しない。
006 汗を拭き拭き喫茶店の水を飲まない。
007 なにを身につけてもさまになる。
008 健康のためのスポーツ、教養のための読書などはしない。
009 自分の持ち物、ファッション等に関しての入手先、値段を口にしない。
010 つきあいパーティーの類にはいっさい顔を出さない。
011 本物と偽物を見ぬく眼を持ち、好き嫌いがハッキリしている。
012 オートバイに夢中になってもスピードの魅力を口にしない。
013 一流の映画監督よりも三流の映画役者をこよなく愛す。
014 カネがあろうがなかろうが自分の生活を匂わせない。
015 文化人と呼ばれる人間の言うことは簡単に信じない。
016 世の中についての安易な発言はしないし、世論に惑わされることもない。
017 探検旅行が好きなうえに旅慣れている。
018 趣味をひけらかさない。
019 格闘技をこよなく愛する。
020 動物に対して親愛の情を抱いている。
021 クレジットで生活しない。
022 絵心を持っている。
023 仕事仲間よりも遊び仲間を優先する。
024 社会的名誉よりも個人的悦楽を優先する。
025 アメリカン・コレクションにうつつをぬかさない。
026 学校教育以外の独学で世界を知り、独自の美意識を身につけている。
027「ほどほど」という平均値を生きていくうえでの基準にしない。
028 ビール5~6杯で酔っぱらって愚痴をこぼすようなことはしない。
029 自己の行為に反省やら悔恨/悔悟の情はいっさい抱かない。
030 他人がなんと言おうが自分の信じる流儀はすべてにおいて貫きとおす。
031 己のプライドを傷つけるものに対しては徹底して戦う。
032 数少なく信頼できる友を持っている。
033 “なんとなく”という気分はいっさいない。
034 さびしさをまぎらわすために夜な夜な酒場で陰気な酒を飲んだりしない。
035 最終的には一人で物事の決着をつける覚悟を持っている。
036 社会情勢、景気、不景気で信条を変えない。
037 時間に追われる生活をしない。
038 いつもここより他の地への夢想を密やかに胸に抱いている。
039 男には仕事に成功した時の喜びの顔よりも美しい顔があることを知っている。
040 群れない。
041 小さなことにも感動できる少年の心を持っている。
042 笑顔がさわやかである。
043 ウエスト・コーストを卒業。オーセンティックを好む。
044 長い船旅に退屈しない。
045 性に対しての偏見を持たない。
046 女性遍歴の自慢話はしない。
047 アメリカの放浪よりもヨーロッパの漂泊。
048 セクシーだが猥せつではない。
049 売名行為はしない。
050 人に説教、訓戒の類いをいっさいしない。
051 イエス・マンではない。
052 学校教育に関しては無関心である。
053 部屋の壁にはデイヴィッド・ホックニーのリトグラフ。
054 遠くを見つめているような神秘的な瞳を持っている。
055 深刻になったとしても決して眉間に皺を寄せない。
056 群衆が熱狂する祭りのなかに身を投じ、魂を解放できる。
057 流行を創りだすことはあっても追いかけない。
058 社会的地位を得たとしても安閑としない。
059 ファッションでサングラスをかけない。
060 まちがっても、女から「老けたわね」と言われない。
061 生涯を通じてイチかバチかの大冒険を少なくとも三度は体験する。
062 仕事か家庭かの選択を迫られるような生活はしない。
063 笑いはあらゆるマジメを超えていることをわかっている。
064 一生の住みかを構えようとは思わない。
065 自分が身を置いている現実のちっぽけさを知っている。
066 貸し借りなしの人生。
067 滅びゆくもののなかに光る美を発見し、愛惜する情を持っている。
068 どんなことがあろうとも女性に対し暴力をふるわない。
069 郷土愛、祖国愛にしばられることはない。
070 相手の弱みにつけこまない。
071 時として無償の行為に燃える。
072 大空への情熱。そしてアフリカへの憧れ。
073 場末の人間臭さを素直に愛せる。
074 一人旅、一人酒を楽しめる。
075 力の論理や数の論理に圧倒されることがない。
076 “世代”のワクでくくられないような道を歩んでいる。
077 神話世界に深い関心がある。
078 すがるための神なら必要としない。
079 なにごとにつけ女々しさを見せない。
080 はたから見たら馬鹿げたことでも平気でやる。
081 人前で裸になれないような肉体にはならない。
082 感傷的な面もあるが想い出に耽ってしまうことはない。
083 自分だけの隠れ家を持っている。
084 食道楽等のおよそプチブル的道楽志向とは無縁である。
085 あらゆる判断と行動の基準は「美しいか、美しくないか」である。
086 お湯でうすめたアメリカン・コーヒーは飲まない。
087 なにごとにおいても節制によって自分を守ろうとはしない。
088 自然に渋くなることはあっても自分から進んで渋さを求めない。
089 どこまでが真実なんだか虚構なんだか定かでない世界に生きている。
090 カネは貯えない。ひたすら遣う。
091 ヤニ取りフィルターなどを用いない。
092 生き方について考え悩まない。
093 愛誦の詩を心に持っている。
094 やたらハッピーな世界をつまらなく思っている。
095 失くし物をしても探すようなマネはしない。
096 洗いざらしのコンバースがいつまでも似合う。
097 女性に対してはロマンチストである。
098 世に受け入れられないすぐれた芸や人を後援するが表には出ない。
099 内面にこだわる以上に外観にも気を配る。
100 No.1がかならずしも素晴らしいとは思わない。
 
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by enzo_morinari | 2013-08-07 21:02 | 真言の音楽 | Trackback
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