視えない銃の銃口は常にわれわれの心臓の真中に向けられている。 E-M-M
「ちょっと待った。吐いた唾を飲むのか?」
それまで無表情と言ってもいいほどに静かだった男の顔が修羅の形相に変わった。修羅そのものだった。
「そういうわけでは・・・」
「そういうわけもこういうわけもあるか! ケツの拭き方ひとつろくに知らんおまえのような不作法者に、滑ったの転んだのと能書き御託を並べられるおぼえはない。なんなら、この場でおまえの素っ首切り落としてやろうか?」
胃が口から飛び出しそうだった。胃だけではない。食道も腸も肝臓も腎臓も、そして心臓までもが口から飛び出て世界中に撒き散らされてしまいそうだった。
ちらと男の顔をみる。すさまじい。眉間に寄った幾筋もの皺はもはや皺というよりも現代彫刻のようにくっきりとエッジが立ち、しかもぷるぷると小刻みに震えている。「生き物だ」と思った。男の眉間の皺は別の生き物だと思った。その眉間の皺からは見る者を射ころす力が発せられているように思われた。
「どうしたらいいんでしょうか?」
たずねた。男は黙っている。瞬きもせず、身じろぎもせず、黙っている。そして、私を、私の心の奥底を見据えている。
「生かしてやる。生きろ。だが、一度、死んでおけ」
男はスーツの内側に静かに手を入れた。そして、45口径マグナム自動拳銃を優雅な動きで抜き出した。カチリ。撃鉄が引き上げられる。
大きな銃口が眉間数ミリのところにある。狙いは定まった。ついに死が訪れるのだ。「死」をものともしない男によってもたらされる死。「死」を飼いならし、手なずけた男に押しつけられる死。論理も情念も叙情も正義も悪も不条理さえも踏みつぶしてきた男による私への最終解答。
「最後に教えてやろう。吐いた唾は飲むな。自分のケツは自分で拭け。わかったか?」
「わかりました」
「きょうはひさしぶりにうまい酒が飲めた。礼を言うぜ」
男が言い終えると同時に鼓膜の破れる音がした。世界が紅蓮に燃え、酷寒のミル・プラトーが迫ってきた。