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不条理ゆえに吾信ず#2

 
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鴎外の『雁』には不忍池を泳ぐ雁に石礫を投げつけたところが、みごとに命中して雁が死んでしまうという不条理劇のワンシーンのような場面がある。この雁をめぐるエピソードは『雁』を象徴するものだ。吾輩にはこの話と寸分たがわぬ経験がある。吾輩は尻の青みのとれぬ野心だけは満々の法学の徒であった。異なるのは不忍池ではなく三四郎池であるという点。

その日、吾輩は團藤重光に「人格的責任論」をめぐる種々の問題で愚にもつかぬイチャモンをつけ、ホトケさまのごとき團藤翁をほとほと困り果てさせ、意気揚々と三四郎池へとやってきたのだった。同行者のNは二歳年上の風采の上がらぬ地方出身者、典型的な田舎者だった。吾輩は年上のNをなんのかのと連れ回し、顎でこき使っていた。真夜中に吾輩の下宿まで呼び出すことさえあった。酒と酒の肴を調達させて。にもかかわらず、Nはいつも二つ返事で吾輩の不条理傍若無人きわまりない要求を飲み、吾輩の元に喜び勇んでやってきた。

「おい、N。あそこの雁に石ころを投げて殺せよ」
「そ、そんなあ。無理ですよ。当たるわけないですって」
「おまえはそれは蓋然性の問題を言っているのか? それとも、ただ単におまえの臆病小心の立ち現れか?」
「その両方です。Dさんもよく御存知のように折衷説がぼくの基本的な立ち位置ですからね」
「ふん。小癪なやつだ。とにかくだ。石を投げろよ」

吾輩が言うとNは渋々足元の石礫をひとつ拾い、しばし雁の動きをうかがってから、見るも無残なフォームで石礫を投げた。Nの投擲フォームはヤンキー・スタジアムのマウンドに初めて立った緊張から左右のバランスを失い、緊張のあまり全身の筋肉という筋肉が強張って、おまけにスタンドとベンチからの痛烈な野次によって舞い上がったMLBルーキーである軟体動物のたぐいのようだった。ところが ──。

石礫はゆるやかな弧を描きながら一羽の雁に向かって吸い込まれるように飛んでいき、頭部のど真ん中に命中したのだ。夢をみているような気分だった。見れば、Nは全身をわなわなと震わせている。だっさい鼠色のナイロンのズボンの裾からは湯気を帯びた液体が滴っている。Nは小便を漏らしたのだ。

「うぎゃあ!」とNは叫び、その場にへたりこんだ。「うぎゃほほぎゃふふふふ」とさらに叫ぶ。
「ばかやろう! しっかりしろ!」

吾輩はそれしか言えなかった。吾輩もかなり動揺していたのだ。そして、ここからが『雁』よりもおもしろくなる。柄にもない動揺から復帰したあと、吾輩はすっかり気をよくしてNとともに無縁坂をくだり、不忍池に向かった。歩いても10分とかからない。目と鼻の先と言ってもいい。図らずも不忍池には雁の群れがいた。吾輩はNにもう一度石礫を投げるように言った。Nは渋々同意し、石ころを探した。手ごろな石は中々見つからず、Nは中之島のお社のあたりまで石ころを拾いに行った。Nが拾ってきたのはひと抱えもある黒御影石だった。

「おまえ、なんだよ。そりゃ」
「いいのがなくて。でもだいじょうぶです。この石で必ず仕留めてみせます」

Nはすっかり自信をつけたようだった。Nは不忍池の淵に立ち、足元をならし、踏み固めるような動きをみせた。全盛期の江夏豊、21球でダイナマイト・ミサイル・トマホークICBM打線を封じ込めた江夏豊のような腹のすわった風格さえ漂わせていた。Nは大きな黒御影石を軽い身のこなしで拾い、おもむろにふりかぶった。そして、30メートルほど先の雁に向けて(おそらくN本人は)投げた。と思ったが、黒御影石はNから離れず、Nとともに真冬の不忍池の池の中へ堕ちていった。

「これでいい。これでゴドーが永遠にやってこなくてもおれは待ちつづけることができる」

吾輩はそう心の中でつぶやいてから、不忍池を離れ、上野の雑踏の中へと向かった。遠くで助けを求めるNの悲しげで癇癪にさわる声が聴こえた。

蛇足
Nこそは福島の原発事故発生後、原子力反安全・不安院のスポークスマンとして「東大話法」「霞が関文学」によって世間を世界を煙に巻き、ついでに自分にはヅラを巻いた例のヅラメガネである。

N。最強の官僚キャラ。フグスマの原発事故後、会見にのぞむ原子力反安全・不安院の担当者がついついほんとのことを言っちゃったり(「溶けちゃってます。メルト・ダウンです」)、黙秘したり(「…。」「……。」)、不貞腐れちゃったり(「もう3日も寝てないんで、手短に簡潔にやりましょうよ」)という失態によって次々に更迭されたのを受けて、急遽、環太平洋村から呼び寄せられたヅラメガネは、初めのうちこそ苦手な理系問題にへどもどしていたが、時間の経過とともに保身テク、ごまかしテク、言い逃れテク、天下り先確保テク、ヅラテクを次々と繰り出して記者たちを煙に巻き、ついでに自分にはヅラを巻いた。不安院が原発事故現場から撤退したことについて追及を受けると、間髪をいれずに「(権力さえあれば)現場にいなくても規制はできる」との名言を残す。いっぽう、「不安院のあいつはヅラだ」等の風評被害に悩まされ、身も細り、毛も抜ける日々を送ってもいる。ライバルは「とくダネッ!」のオヅラ・トモアキ。愛娘の舞ちゃんはテプコ・アトミック・ワンダーランドの社員。父親と瓜ふたつ。やはり、いつの時代も不幸はそれぞれに不幸である。

2011年3月13日より、連日、原子力反安全・不安院担当としてテプコ・アトミック・ワンダーランドのフクシマ原子力発電所事故についての記者会見にのぞむ。その後、職場ファックがバレバレしてフクシマに飛ばされる。学生時代、だっさい臙脂色のナップザックに有斐閣小六法、我妻榮『担保物権法』『民法基本判例集』、團藤重光『刑法綱要』、平野龍一『刑法概説』、芦部信喜『憲法訴訟の現代的展開』とともに団鬼六やら宇能鴻一郎やらケン月影やら縄やら鞭やら蝋燭やらを忍ばせていたことを知るのは、なにを隠そうこの吾輩だ。

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不条理ゆえに吾信ず。
 
by enzo_morinari | 2013-04-24 23:18 | Credo Quia Absurdum | Trackback | Comments(0)
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