「はっきり言って、僕は詳しいことはなにも知らないんだ。『風の歌』のことも1973年のピンボール・マシンのこともジェイという中国人のことも林の中で揺れている直子さんのこともね」と芽崎カエルはうんざりしたように言った。
「知らないのはそれだけ?」
私は芽崎カエルの逃げ場をなくし、獲物のスウィフトギツネを追いつめるイギリス貴族になった気分で言った。
「ほかにもたくさんありますよ、僕が知らないことは。羊博士のことも羊男のことも知らないし、マルタとクレタ、208と209の姉妹の見分け方だって知らない。鼠くんが自殺した本当の理由以外、僕が世界について知っていることはひとつもありません。そりゃ、60年以上も生きてきてるんですから知っているようなふりはできますよ。年の功ってやつで。でも、本当に詳細まで知っていることはたったひとつだけ、鼠くんの自殺の真相だけなんですよ。わかってくださいよ。
おながいします」
「え? おながいします? おながいしますって言いました?」
「はい」
「なんですか? おながいしますって」
「尾長鶏にならせてくださいって意味です」
「ああ、なるほど。尾長鶏にね。残念だけど、知っていることを全部話してもらわないかぎり、尾長鶏にならせるわけにはいかないし、帰すわけにもいきませんよ。こっちも仕事なんでね。初版で45万部も売れちゃう売れっ子スパゲティ小説家が殺されてるんだ。しかも、殺されたうえにバラバラにされて甘辛いチリソース煮込みにされてる。つけあわせはカワウソのカマキリ・パスタだ。食べれば甘辛くておいしいだろうけど、この事態を甘く考えてもらっちゃ困る」
「甘くなんか考えてませんよ。第一、甘いものは大きらいなんですから。ピエール・エルメのスイーツを山と積まれたって知らないものは知らないし、やってないことはやってないんです」
芽崎カエルは今にも泣き出しそうだった。泣けばいいのに。ついでに死んでしまえばいいのに。エビアン汲んでくればいいのに。