赤と緑と青が混ざりあうことによってすべての色は生まれる。ただし、赤と緑と青が均等に混合されて生まれるのは白、すなわち無である。リュ・カンボンのオテル・ド・リッツの裏口の通りを挟んで向い側に新しくできた『Harry's Bar』の窓際の席にマダム・プレヌリュンヌは物憂げな表情を浮かべて座っていた。黒いストッキングに包まれてすらりと伸びた脚。マダム・プレヌリュンヌの脚はいつも挑発的だ。
「テツ。あなたはわたしの脚ばかりみているわね。なぜわたしをみないの? わたしよりわたしの脚のほうが好きなの?」
「そうさ。吾輩はきみの脚が好きなんだ。大好きなんだ。食べちゃいたいくらいに。それにきみの脚だってきみの一部だろう?」
「ジャポネの男はみんなムッシュゥ・イッセイ・サガワなのね。わたしを食べるのはいいけど残ったものを池や沼に捨てるのはいやよ。ブローニュかフォンテンブローの森に埋めて」
「ひとかけらも残しゃしないさ。髪の毛一本もね。残らず食べちゃうよ。どんなキュイズィーヌにするかな。いまのうちにムニュを決めておくことにしよう」
私が言うとマダム・プレヌリュンヌは陶器のように白くてつるりとした喉元をみせ、静脈をくっきり浮き上がらせて大きな声で笑った。笑い声さえおいしかった。胃がうごめき、口の中に唾液があふれる。
「ねえ、テツ。シャンゼリゼの凱旋門のすぐそばに鮮やかなオリーブ・グリーンのお皿で真っ赤なブフのカルパッチョを出すお店があるのよ」
「うん。いいね。オリーブ・グリーンのお皿に真っ赤なブフのカルパッチョ。この世界できみの次に鮮やかで美しい」
「それでね、そのグリーン&レッド、ヴェール・エ・ルージュをあなたと食べるときに着る服を買ったのよ」
私は身を乗り出した。鮮やかなグリーンの皿に盛られた真っ赤な牛肉とそれにあわせたプレヌリュンヌの服。いい1日になりそうだった。カルパッチョの女を食べ終えるまでは。