「奇妙な果実」が合衆国大統領になった日

 
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一枚のモノクロ写真。二人のアフリカ系アメリカ人青年の死体が無惨な姿で木に吊るされている。彼らの名はトマス・シップとアブラム・スミス。写真からは死の前に彼らが受けた凄惨なリンチの跡が見てとれる。二人を指差し、勝ち誇ったような表情の男。我関せずといった風情の老婆。ニヤける白人の若者。好奇と興奮につつまれた群衆。

咎なき死。1964年に「公民権法」が成立するまで、アメリカ合衆国、特にディープ・サウスと呼ばれる南部地域のいたるところで、このような光景は日常的に見られたと言われる。『ミシシッピー・バーニング』に描かれていたとおりのことが、「世界の警察官」を任じるアメリカ合衆国では現実に起っていたのだ。

この一枚の写真から歌が生まれた。Strange Fruit. 奇妙な果実。写真に衝撃を受けたユダヤ人牧師が作り、数年後にビリー・ホリデイが歌った。ビリー・ホリデイの出世作でもある。

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南部の木々には奇妙な果実がなる。
葉には血がこびりつき、
根には血が滴たり、
枝には風に揺らぐ黒い死体。

ポプラの木に吊るされた奇妙な果実。
美しい南部の田園、
飛び出した眼球、
苦痛に歪む唇。

マグノリアの甘くみずみずしい香りが、
突然、肉の焼け焦げた臭いに変わる。
烏に突つかれ、
雨に打たれ、
風に弄ばれ、
太陽に朽ち果てていく果実。
奇妙でむごたらしい果実。


『奇妙な果実』を歌う際、前奏のあいだ、ビリー・ホリデイは居ずまいをただし、うつむき、祈りを捧げた。『奇妙な果実』に世界は震えた。『奇妙な果実』に何を聴き取り、一枚のモノクロ写真に何を読み取るか? それはおそらくは我々の世界観にゆだねられている。

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『奇妙な果実』の誕生から70年余。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア死して40年。「奇妙な果実」の子孫がアメリカ合衆国大統領となった。大統領就任式ではまた別の「奇妙な果実」の子孫であるアレサ・フランクリンが『My Country, 'Tis of Thee』を熱唱した。歴史に残る名演だった。

嘆きも傷も苦しみも痛みもいつか必ず癒されるときがくる。そう願い、信じたい。それが新しい年の始まりにあたっての思いだ。
 
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by enzo_morinari | 2013-01-01 04:00 | 沈黙ノート | Trackback
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