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千年の記憶と縄文杉の孤独

 
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千年の記憶と縄文杉の孤独
空を見上げ、人生は流れる雲のようなものだとわかったとき、左の前歯がするりと抜けた。そして、森の奥からパット・メセニーの『TRAVELS』が聴こえてきた。背負っていた荷物をすべて放りだし、音のするほうへ、光のただ中へ向かって走った。森の奥、光の中心にそのひとはいた。森のひとだった。森のひとも左の前歯が抜け落ちていた。「やあ。ずっと待っていたよ」と森のひとは薪割りの手を休めて言った。森のひとのまわりに飛び散ったミズナラのかけらが幽けき明滅を繰り返している。

「千年生きた樹は土に還るのに千年かかる。なぜだと思う?」

森のひとは暖炉に薪をくべながらたずねた。

「新しい命を千年かけて育てるため」
「半分正解」
「残りの半分は?」
「千年分の記憶を反芻するためさ。千年かけて朽ち果てながらね。反芻するたびに世界中の樹木たちの痛みは癒される。そして、癒し終えたあと、跡形もなく消える」
「ということは、世界で一番孤独なのは縄文杉だ」

薪が大きな音を立てて爆ぜた。

Travels - Pat Metheny


カリブーはなぜ殺されたか?
厳粛な綱渡りを終えてすぐに死滅する鯨の背に乗って持続する志河を渡る。持続する志河にはカリブーの憤怒の血が流れている。雄々しきツノは無惨にへし折られ、森の息吹と冷気をたっぷりと吸い込んだ毛皮は軽々と剥がされ、鞣され、流通する。冷徹な経済原理はカリブーたちの日々の困難と誇りにはいっさい無頓着である。ガリアの地で英雄を驚嘆させ、讃えられた誇り高き森の王も、いまや追い立てられ、撃ち抜かれ、打ち捨てられる。

カリブーはなぜ殺されるのか?カリブーは快楽のために殺戮される。聖なる日がやってくるたび、思い知るがいい。赤いのはトナカイの鼻ではなく、人間獣の血塗られた手であることを。

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溶ける魚たちが蝟集する磁場としてのシュルレアリスム、あるいはダダイストの呪詛におののくダリ
いまにも指の間から滑り落ちそうなレモン色の平行四辺形によって切り取られた夕暮れの薄暗がりから貌をのぞかせたアンドレ・ブルトンは、浅葱色をした隠喩の法衣を無惨にも剥ぎ取られ、溶け出したベーコンに接吻を捧げている。彼の唇の右端にはフォークが突き刺さっていて、傷口からは蝙蝠傘色のミシンのミニアチュアが無限に吹き出してくる。フォークの持ち手部分に刻印された「その者の魚」が胸びれを痙攣させると、それまでじっと沈黙していたニンフのひとりは静かに瞼を閉じた。そして、ついに世界は『最後の晩餐』に巧妙に隠蔽された鎮魂歌で満たされる。もちろん、この事態に興味を抱く者などサルヴァドール・ドミンゴ・フェリペ・ハシント・ダリ・ドメネクのほかにいるはずもない。

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さて、ミトコンドリア・サーカス団の花形スターとして一世を風靡したサルヴァドール・ドミンゴ・フェリペ・ハシント・ダリ・ドメネクであったが、いまやヤヌスグリーンの庭師に身をやつしてしまった。マトリックス世界の盟主であるクリステの襞の形状に魅入られ、日々をクレブス・ラビリンス造りに費やしている。これは彼にとってはアポトーシスの過程のひとつであって、何者にも止めることはできない。
 
by enzo_morinari | 2012-09-22 19:30 | 虹のコヨーテ | Trackback | Comments(0)
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