忘れじの言の葉 ── グリムの書き置き

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ドナルド・トランプなる品性下劣、品格皆無、知性教養低劣、守銭奴、銭ゲバ、クワセモノフンパンモノマガイモノイカモノインチキマヤカシペテン師の登場によって「物語」はいよいよつまらぬものとなった。したたか極まりもないネオコン一味が可愛く懐かしくさえ思える時代になるということだ。

トランプはキングか? それともジョーカーか? そのいずれでもない。ハイカードすなわちブタだ。ヅラをかぶったブタ。まちがっても空は飛ぶまい。飛ばないブタはただのブタだ。ヨーロッパでも似たり寄ったりのこととなる。つまり、ロスチャイルドとロックフェラーと金融資本と石油メジャーと軍産複合体と既得権益の上にあぐらをかいてふんぞりかえっている守旧派の傀儡、操り人形にすぎぬということだ。

保護主義だあ? 「偉大なアメリカ」だと? これまでの数百年、何億何十億の無辜の民を虐げ、さんざっぱら搾取しつづけておきながらなにをほざきやがるか。虐待と略奪と殺戮の限りを尽くされ、大地を血に染めたネイティヴ・アメリカンは3億人だぞ! 労働者の味方? 雇用の飛躍的な創出? 笑わせやがる。なに喰わぬツラで金融資本/ウォール街の代弁者と山師の親玉を財務長官/商務長官に起用しておいてなにを抜かすか。今後、格差はさらに拡大し、大衆/労働者は目を覆うばかりの惨状に見舞われる。トランプ・タワーの近くを通るときには大きくて頑丈な蝙蝠傘が必要だ。トランプ・タワーから飛び降りるマネー・ゲーマーが土砂降りの雨のように降ってくるからである。

そもそも、ドナルド・トランプ並びにその取り巻きどもが目の色を変え、取り憑かれつづけている「ゼニカネ/通貨/貨幣」など欲深邪まな人間が作り出した幻想にすぎぬ。実体のあるモノと交換できる便利さと置き場所に困らないことのほかにメリットはない。ナサニエル・メイヤー・ロスチャイルド(初代ロスチャイルド男爵)の言とされる「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。さすれば、誰が法律を作ろうとかまわぬ。(Let me issue and control a nation's money and I care not who writes the laws.)」の意味を我々はよくよく考えねばなるまい。

出口も一筋の光も見えず、いつ果てるとも知れぬ第3次世界大戦はとっくの昔に始まっているというのに。問題はこの愚か者たわけ者がアメリカ合衆国における核兵器使用の最終決定権者であり、24時間、その傍らには核兵器発射ボタンがあることである。この銭ゲバ、守銭奴はゼニになるならなんでもやる。こんな愚劣漢卑劣漢に世界の運命を握らせるなどもってのほか、言語道断である。ドナルド・トランプ並びにその取り巻きども、提灯持ちどもに『運命の書』を書かせてはならない。「大衆迎合」がもたらすのは常に独裁、ヒトラー的なるものであることを忘れてはならない。

さて、そこだ。世界の物語は大団円などなく、なしくずしにつまらなくなるが、いい歌が2016年に世に出た。『忘れじの言の葉』。『グリムノーツ』というRPGの主題歌だ。作詞砂守岳央/作曲松岡美弥子(未来古代楽団)。歌唱は沖縄出身の高校生、安次嶺希和子。

幼さ稚さを残しながらも、魂を鷲づかみにされるがごとき透明感あふれる凛烈清洌にして強靭な歌声。濃密なフォークロアとインディオの民俗をうかがわせる旋律。幾千、幾万、幾億の旋律。記号あるいは象徴、ないしは神話。大地とともに生き、呼吸し、大地が死ぬときともに死に、息の根を止めた名もなき赤剥け無垢の人々の息づかいさえ聴きとれる。世界の物語は猿芝居、三文芝居に成り果て、成り下がったが、刻まれし情念は幾千億の英雄物語を紡ぐ。

『グリムノーツ』配信元の SQUARE ENIX/スクウェア・エニックスの紹介文。いわく、「童話の世界を旅する」。

役割を与えられた主役と、空っぽの脚本をもった脇役が紡ぐRPG

僕らは生まれたときに一冊の本を与えられる。僕らの世界、生きる意味、運命。それらすべてが記された『運命の書』。

全智の存在であるストーリーテラーが記述した『運命の書』に従い、僕たちは生まれてから死ぬまで『運命の書』に記された役を演じつづける。それがこの世界の人々の生き方。

── だからさ、教えて欲しいんだ。空白のページしかない『運命の書』を与えられてしまった人間は、いったいどんな運命を演じて生きていけばいいんだ?


忘れじの言の葉

言の葉を紡いで微睡んだ泡沫
旅人迷い込む お伽の深い霧
さしのべた掌 そっと触れる予感
受け止めてこぼれた光の一滴

面影虚ろって微笑んだ幻
想いの果てる場所 まだ遥か遠くて

求め探して彷徨って やがて詠われて
幾千、幾万、幾億の旋律となる
いつか失い奪われて消える運命でも
それは忘れられることなき物語


指先を絡めて触れる誰かの夢
刻まれた思いのこだまだけが響く
言の葉を紡いで微睡んだ泡沫
旅人の名前を伽噺という


求め探して彷徨って やがて道となり
幾千、幾万、幾億の英雄はゆく
いつか失い奪われて消える運命でも
それは忘れられることなくここに在る
求め探して彷徨って やがて詠われて
幾千、幾万、幾億の旋律となる

いつか失い奪われて消える運命でも
それは忘れられることなき物語

 

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# by enzo_morinari | 2017-01-03 05:39 | 沈黙ノート | Trackback

こちら放射能放送局。放送やめない。放射能やめろ。

 
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This is the RADIO-ACTIVITY Broadcasting System, an affiliate of the Atomic Bomb Radio Service. Frequency AtoMic 424242TBq, Output Power 150YW, RADIO-ACTIVITY 424242


木っ端役人ニンマリ。原発マフィアニヤニヤ。人間ズタズタ。


こちら、RABS. 放射能放送局。原子爆弾ラジオサービスです。周波数424242テラベクレル、送信出力150ヨタワット。放射能424242。




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Stay Tune! This is RADIO-ACTIVITY 424242. This is the RADIO-ACTIVITY Broadcasting System, an affiliate of the Atomic Bomb Radio Service.

チャンネルはそのままで。こちら、RABS. 放射能放送局。原子爆弾ラジオサービスです。


放送事故あっても放送やめない。原発事故あったら原発やめろ。



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Kraftwerk - Radio-Activity
 
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# by enzo_morinari | 2016-12-31 23:59 | 放射能放送局 | Trackback

マヌエル・ポンセの『エストレリータ/小さな星』を聴いて、もう1度だけ人生に恋をしよう。

 
マヌエル・ポンセの『エストレリータ/小さな星』を聴いて、もう1度だけ人生に恋をしよう。

そうだ。もう1度だけ人生に恋をしよう。もう1度だけ。まだ遅くはない。まだ間に合う。


Estrellita de lejano cielo,
que sabes mi penar,
que miras mi sufrir.

Baja y dime
si me quiere un poco,
porque es que ya no puedo sin su amor vivir.

¡Tu eres estrella mi faro de amor!
mi faro de amor
Bien sabes que pronto he de morir
he de morir.

Baja y dime
si me quiere un poco,
porque es que ya no puedo sin su amor vivir.


わたしの苦しみを知っている
遠い空に光る小さな星
もし彼がわたしを少しでも愛しているなら
降りてきて彼の思いを教えて
わたしは彼がいなくては生きていけないから

小さな星よ あなたはわたしの愛の灯台
あなたはわたしが死にそうだってわかるでしょう?
小さな星よ おねがい
もし彼がわたしを少しでも愛しているなら
降りてきて彼の思いを教えて
彼の愛なしには生きていけないから
 


『エストレリータ(Estrellita)/小さな星』
メキシコの作曲家マヌエル・マリア・ポンセ作詞・作曲の歌曲。1912年作。「Estrellita」はスペイン語で「小さな星」の意。本来は歌曲だが、今日ではピアノ、ヴァイオリン、サキソフォン、ギターなどによる器楽曲として演奏されることが多い。20世紀屈指の名ヴァイオリニストの一人、ヤッシャ・ハイフェッツ(Jascha Heifetz/1901-1987)による編曲と演奏で世界に知られるようになった。

マヌエル・マリア・ポンセ(Manuel Maria Ponce/1882-1948)
近代フランス音楽の影響を受け、メキシコ民族主義に根ざした作風を確立。アンドレス・セゴビアと親交が深く、『ギター・ソナタ第3番』『南国のソナチネ』などのギター作品を数多く残している。

代表作
『エストレリータ』(歌曲)
『ギター・ソナタ 第3番』
『ロマンティックなソナタ』
『真昼のソナチネ』
『南国の協奏曲』(ギター協奏曲)


エストレリータ(Estrellita)/小さな星
 
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# by enzo_morinari | 2015-11-17 12:25 | 沈黙ノート | Trackback

デカメロン世界とエプタメロン世界#1 死病の本願 ── 新しいペストの時代

 
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絶望/死に至る病とは自己の喪失である。SAK-55(a.a.b Søren Kierke)

死の影に囚われて絶望する友人に魚のしるしを持つ者は言った。
この病は死に至らず。この病は神の子が栄光を受けるためのものである。BNT-ESJ 11:4


プラハの災難は墓穴から勇猛果敢に抜け出したロミオとジュリエットのふたつの霊による死の舞踏とともに始まった。そして、今や世界は種々の死病によって敗れつつある。敗北は目前。滅びの笛の音が耳元で鳴りやまない。阻止できる者はいない。阻止するための術式は遠い昔に失われた。

世界の全人口の半数を死滅させた病はエボラジオ・アクティビティあるいはビューロクラット(ヤクニンネズミ/カンリョウネズミ)と名を変えて蔓延し、猛威をふるい、世界を席巻しつつある。神の子は死の舞踏を踊り、黒い死をもたらす一群は滅びの笛を奏でる。

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黒い死を撒き散らすフレームテールの首魁、マハーバーラタとラーマーヤナとパンチャタントラの尻尾をつかまえようとして迷いこんだ森にはすでにデカメロン世界とエプタメロン世界とエメロン天国オン・ザ・ビーチからやってきた17人の賢人がいた。

アンチ・クリストス/アンティ=クリマクスの日記が撒き散らされた無数の不条理を駆逐し、新しい約束の地への道標/羅針盤となる日は来るのか?

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# by enzo_morinari | 2014-09-06 02:53 | デカメロン/エプタメロン | Trackback

「世界の終り」の始まりを生きる者よ

 
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阪神大震災前日の夕暮れ、バスで伊丹空港に向かっていた。神戸・南京街の「老祥記」で買った100個の豚まんをかき抱きながら。夕焼けがそれまでに見たこともないような紅蓮に燃えていた。

「よくないことが起こる。途方もない災厄が」ととなりの虹子に言った。虹子は「ですね」とだけ言って、吾輩の腕を強い力でつかんだ。

翌朝、空襲を受けたような神戸の街をテレビ受像機の画面にみた吾輩は、すぐさまロードレーサーのメンテナンスを開始した。「災厄の現場」に哲の馬で行くためだ。輪行袋に分解した哲の馬2号のCinelli Special Corsaを詰め、虹子の作ってくれた握りめしをORTLIEBのメッセンジャー・バッグに放りこんで吾輩は出発した。電車で行けるところまで行く。あとはひたすら漕ぐ。

なんのために? 語り継ぐためだ。語り継ぐためには「現場」にわが身を置き、自分の眼で見て、自分の耳で聴いて、自分の鼻で嗅いで、自分の大脳辺縁系で考え、自分の心で感じなければならない。直に。手づかみで。それが吾輩がやるべきことであり、できることだった。ジバランさとなおのオーディオ装置が気がかりだった。

神戸は惨憺たる有様だった。つい数日前に虹子と歩いた町並みは見るも無残な姿に変わり果てていた。それまでに世界のあちこちの戦場を見てきていたが、神戸はまぎれもなく戦場だった。ベイルートやコソボの破壊とかわりがなかった。

「世界の終りだ」と思った。「だが、だいじょうぶ。世界はまた始まる」と自分に言い聞かせた。そうだ。世界は何度でも終り、何度でも始まるのだ。炊き出しを手伝い、メッセンジャー・ボーイをやった。神戸に滞在した29日間、ずっと焼け焦げたにおいがしていた。ジバランさとなおと連絡を取ることはできなかった。無事を祈った。ジバランさとなおと彼の所有するKRELLたちの無事を。

2番目の「世界の終り」は2ヶ月後にやってきた。オウム真理教による地下鉄サリン事件だ。このときは虹子が神谷町の駅であやうく巻き込まれるところだった。電車2本ちがいで虹子は難を免れた。事件が起こる前、代々木の駅前で麻原彰晃のお面をかぶった者どもの姿を見たときには底知れない不気味さを感じたものだ。

そして16年後、3番目の「世界の終り」が起こった。3.11。東日本大震災。2011年3月11日14時46分18.1秒(JST)。そのとき、吾輩は虹子と「ミヤネ屋」を見ていた。宮根誠司のたわけが報道センターの実況に割り込んでわけのわからぬことをほざいていた。すぐにチャンネルをNHKにかえた。

自宅にあるテレビ受像機のすべての電源を入れ、地上波、BS、CS、それぞれちがうチャンネルに合わせた。ラジオもAM、FM、短波の全局にチューニングした。普段は沈着冷静、クールなNHKの横尾泰輔の声は震え、うわずっていた。日テレの豊田順子は混乱の中、意外にも沈着冷静だった。ラジオではパーソナリティの大竹まことが「報道のプロ」のようなパフォーマンスを聴かせていた。元TBSアナウンサーの小島慶子が予想以上の能力をみせた。

「こんなときにもテレ東はアニメかな」と虹子に言うと、「冗談を言ってる場合ですか!」と叱られた。福島の震度がテロップに流れたときは「やばいことになるな」と思った。

原発がやばい。振り払いようのない焦燥感が全身に起こった。広瀬隆の「予言」が現実になると。吾輩と虹子はテレビ受像機に釘づけだった。あれほどテレビを見たのは「浅間山荘事件」以来だった。

地震の被害につづいて津波が襲来する様子がリアル・タイムで流れはじめたときには背筋が凍りついた。名取市の仙台平野が押し寄せる津波に飲みこまれるとき、「白っぽい半透明の物の怪」のたぐいが画面を左から右へものすごい速度で横切った。直後、道端の小さな祠が消し飛んだ。「土地の神が名取の地を見捨てたんだ」と思った。地震学者の東大・都司嘉宣の狼狽ぶりが事態の深刻さを物語っていた。吾輩は「現場」に行くかどうか考えはじめていた。虹子はすぐに気づいた。

「行くんですね」
「迷ってる」
「迷ってらっしゃるなら行ってしまったほうがいいです」
「うん。だけど脚力に自信がない。吾輩ももう爺さんだ」
「まあ。お気の弱いことを。おめずらしい」

しばし、思案し、結論を出した。

「今回は行かない。テレビとネットで情報収集する」

この判断は正しかったと思う。阪神大震災やオウム事件のときはインターネットがまだ日本には普及していなかったが、16年の歳月を経てインターネットを通じて「現場」の生の姿に近いものに触れることができるようになったからだ。

そしてついに、4番目の「世界の終り」がやってきた。福島原発事故。現在、自民党に政権交代して「フクシマ」のことは巧妙狡猾に隠蔽され、なきものにされつつあるがとんでもないことだ。大津波とともに「福島原発事故」は子々孫々までも語り継がねばならない。それが「世界の終り」の始まりを生きる者たちの責務である。そして ──

世界なんか跡形もなく消えてしまえばいい。
世界なんか跡形もなく消えてしまえばいい。
世界なんか跡形もなく消えてしまえばいい。


吾輩は3回口に出した。そして、3回テキスト・エディタに書いてみた。そうだ。世界なんか跡形もなく消えてしまえばいいんだと吾輩は思った。それはいつも吾輩が考えていることだ。

世界なんか跡形もなく消えてしまえばいいけれども、そのいっぽうで、世界は『THE END OF THE WORLD』や『収穫の月』やCSN&Yや『レオン』や『グラン・ブリュ』やジャクソン・ブラウンやプライム紀尾井町店の大五郎(2リットル)298円や『海を見ていた午後』やシーズンオフの心や心の中のギャラリーや雪だよりや青いエアメイルや新しい恋人と来てほしくない男心や同じく女心やサングラスで隠して見せない涙やゴミアクタマサヒコや右翼や左翼や福島瑞穂・辻本清美・田嶋陽子一味のけたたましい唐変木どもや『カサブランカ』や「正義」や「公序良俗の原則」や「罪刑法定主義」や吉田美奈子や『星の海』や『My Love』や「例の赤いTシャツ」やチャーリー・パーカーや沙羅双樹の花や『風の谷のナウシカ』や「年越しそばに命をかける女」やその息子のムラオサ君やライ麦畑風味のライムライトなラムネ売りのライムマンや星を継ぐ者やマイルス・ディヴィスやジョン・コルトレーンやニガブロ・ニザンやさえちゃんやうれし涙やくやし涙や怒りやいかりや長介や憎しみや憎しみの肉屋や喜びや喜び組のよろめきや悲しみや「きのう、悲別で」や『時間よとまれ』や「クリスマス・イヴにコンビニで再会した古い恋人」や「ブルーでちっちゃなクリスマス」や【センス・エリート100箇条】や「パスタをひたすら茹でつづける者」やウソやカワウソやカモノハシやビーバーや『人間の証明』やウジ虫どもや渡辺香津美や『薔薇の名前』や「暴行傷害焼き定食」やインチキやニセモノやクワセモノやマガイモノやマヤカシや『ホテル・カリフォルニア』やシーバース・リーガル17年やMacallan Private Eye 35th Anniversaryや『紅の豚』や『もののけ姫』や『風の谷のナウシカ』や呪われたアルマジロや冬眠を忘れた熊や苦悩するビーバー・カモノハシや黄金の羊や黄金の魚や黄金のカエルや虹のコヨーテや哲の犬や世紀末動物園やワラビー・モーリやスキャット猫やカワウソ・ニザンやプリマス・バラクーダやココペリキリギリスのボーイ・リョージや蓮根と長ネギのトーキョー・プライスに詳しいマーちゃんや30歳にしてメタボ・ギアな元演説青年のスミジル・スミスや猫にこんばんはなEI BOYやクリュッグのラ・グラン・キュヴェや「漂えど沈まず」や「悠々として急げ」や盛者必衰の理や猿の漫才師サルーやそのお天使ちゃんやかれらの小せがれ小娘どもや暗躍海星や数の子天井カズコや芸者ガールや25メートル・プール一杯分のビールや『風の歌を聴け』や2ちゃんねるや姑息低能愚劣下衆外道どもの巣窟「シンデレラの屋根裏部屋」や『La Vie en Rose』や祇園精舎の鐘の音や『雨を見たかい?』やベッシー・スミスや『奇妙な果実』やボブ・マーリー&ウェイラーズや『河内のオッサンの歌』や『WHAT A WONDERFUL WORLD』や諸行無常の響きや「幻師のゲンゲンムシ maki+saegusa」やプラント・プラネタリアンの葉っぱちゃんや「物の怪感度」が人並み外れて高い木蓮R指定やトゥルッロ・ソヴラーノの機織り部屋へとつづく階段で物思いに耽る「ひとつの屋根にはひとつの部屋」が口ぐせの黒海に恋する地中海の感傷ウーマンや「9年目のあるがままそのまま」に寝てばかりいるPIECES OF HAPPINESS PATO BOYにその小さな胸をキュンキュンさせる「世田谷おしゃれ食堂」のオーナー・キュイジニエ・エクリヴァンや「小さなコビトの大きな世界」や本好き料理好きささみ好き行列好きのヒメキリンの坊やや光と闇の幽玄の闘争に立ち会うZINや国大出で美人で木っ端役人で世界を2パーセントくらいつまらなくしているさっちゃんに番号非通知ワン切りの集中放火を浴びせるべく有志を募っている風変わりなバランス感覚でタブーもサンクチュアリもなんのそのな A-BALANCER や日本文学全集レプリカの背表紙に頬ずりするエストリル・ガールや世界で一番小さな庭で繰り広げられる「いのちの物語」のダイナミズムに心ふるわせるレイザ姫や葡萄酒を飲み過ぎたせいでオーバー・ドーズし、夫をとうとう専業主「婦」にしてしまった地下鉄のジュジュのバサラカ冒険によってハラハラドキドキの抑圧デイズを生きるアーキテクチャー・ウーマンや自身の闇とのタイマン勝負に勝利すべく「てにをは」「句読点」の文章修行に精を出すビーチサイドのセイレーンや東京フェルメール・ガール代表の chisato Memories や「文字」を拡大表示するのと「!」を乱発するのが「お下品」であることに気づきはじめた七転八倒しつつも七転八起する神々の黄昏おやじやねじまき鳥看護婦の松坂世代や虹子やポーちゃんやメリケン帰りのバカ娘やを乗せて、明日もまた壮大にドタバタ満載に、喜怒哀楽、起承転結、ありとあらゆることどもものどもを乗せて走りつづけ、ジェットコースターしつづけ、メリーゴーラウンドしつづけ、何度でも終わり、何度でも始まらなければならない。そうだ。それがわれわれが生きている「世界」なんだ。

そして、事実。重要なのは事実だ。なまくらな人道主義、嘘くさい正義、中途半端な現実主義、薄っぺらな善意と理想論、よるべなきあさはかなニヒリズム乃至はアナキズム。それらは「事実」の前に沈黙する。上滑りした理想論や人道主義や正義や善意や現実主義やあさはかなニヒリズム乃至はアナキズムでヨタったりスカしたりするまえに、まず、「事実」に耳を傾けよ。 心の耳をすまし、「事実」のひとつひとつの響き、旋律、音色を聴け。

われわれにもし、未来とやらがまだ肯定的なものとして残されているのなら、いまわれわれの前に横たわる途方もない「事実」を拠り所として歩みを進めるくらいの余地は、いくぶんか残されている。道は細く長く曲がりくねって瓦礫に埋め尽くされ、荒れ果ててはいるが、歩けぬこともない。「七つのラッパ」はまだすべては吹き鳴らされていない。

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# by enzo_morinari | 2014-08-15 14:47 | 沈黙ノート | Trackback